高校数学で「3倍角の公式」を初めて習ったとき、こう思わなかっただろうか。
「この公式、どうやって導くの? 加法定理を2回も使うの? しかも $\cos$ と $\sin$ を別々に計算するなんて、めんどくさすぎる……」
その気持ちは至極もっともだ。加法定理を組み合わせる従来の方法は、計算のステップが多く、記述模試や本番で符号ミスを誘発しやすい。
しかし、数Ⅲで「複素数平面」を学んだ今なら、もっとスマートでエレガントなアプローチが可能だ。「ド・モアブルの定理」を使えば、$\cos$ と $\sin$ の3倍角公式が、たった1回の展開で同時に求まる。さらに、4倍角でも5倍角でも、全く同じ手順で機械的に対応できるようになる。
今回はその鮮やかな導出プロセスを、2倍角から3倍角、そして4倍角への応用まで丁寧に解説していく。
1.武器となる「ド・モアブルの定理」の確認
まず、今回使用する強力な定理をおさらいしておこう。
ド・モアブルの定理
$n$ を整数とするとき、次の等式が成り立つ。
$$(\cos\theta + i \sin\theta)^n = \cos n\theta + i \sin n\theta$$
この定理の本質は非常にシンプルだ。「複素数 $\cos\theta + i \sin\theta$ を $n$ 乗すると、偏角が $n$ 倍になる」ということを示している。
ここで注目したいのが、左辺を二項定理で展開した結果と、右辺の複素数を比較する(複素数の相等という)という視点だ。
複素数が相等しいための条件から、左辺を展開したときの「実部($i$ を含まない部分)」が $\cos n\theta$ に等しく、「虚部($i$ を含む部分)」が $\sin n\theta$ に等しくなる。
つまり、左辺を $n$ 乗の公式で展開して実部と虚部を読み取るだけで、$\cos n\theta$ と $\sin n\theta$ の公式が同時に手に入る。
2.「2倍角の公式」で感覚を掴む
具体的なイメージを持つために、まずは $n = 2$ の場合で流れを確認してみよう。
左辺の展開
$$(\cos\theta + i \sin\theta)^2 = \cos^2\theta + 2i \sin\theta \cos\theta + i^2 \sin^2\theta$$
ここで $i^2 = -1$ であるから、実部と虚部に整理すると次のようになる。
$$= (\cos^2\theta – \sin^2\theta) + i (2 \sin\theta \cos\theta)$$
ド・モアブルの定理との比較
ド・モアブルの定理より、左辺は $\cos 2\theta + i \sin 2\theta$ に等しい。
両辺の実部と虚部をそれぞれ比較すると、以下のようになる。
- 実部: $\cos 2\theta = \cos^2\theta – \sin^2\theta$
- 虚部: $\sin 2\theta = 2 \sin\theta \cos\theta$
見事に $\cos$ の2倍角公式と $\sin$ の2倍角公式が、1回の計算から同時に導き出された。加法定理の組み合わせに比べ、格段に見通しが良いことが分かるはずだ。$i^2 = -1$ のおかげで、実部と虚部が綺麗にセパレートされるのが大きなポイントである。
3.「3倍角の公式」を一発で導出する
全く同じロジックで、本題である $n = 3$(3倍角)に挑戦しよう。展開の項数は増えるが、やるべきことは完全に同一だ。
計算をスッキリさせるため、一時的に $c = \cos\theta$、$s = \sin\theta$ と略記して進めていく。
式が煩雑になるときは、このように簡略化した文字で置き換えるのはとても有効だ。ただし、最後に元の文字に戻すことを忘れないようにしてほしい。
ステップ1:二項定理による展開
$(c + is)^3$ を3乗の展開公式に当てはめる。
$$(c + is)^3 = c^3 + 3c^2(is) + 3c(is)^2 + (is)^3$$
$$= c^3 + 3ic^2s + 3c(i^2s^2) + i^3s^3$$
ここで、$i^2 = -1$、および $i^3 = -i$ であることに注意して $i$ について整理する。
$$= c^3 + 3ic^2s – 3cs^2 – is^3$$
$$= (c^3 – 3cs^2) + i(3c^2s – s^3)$$
ステップ2:実部と虚部の読み取り
ド・モアブルの定理より、この展開式は $\cos 3\theta + i \sin 3\theta$ に等しい。したがって、実部と虚部を取り出すと次のようになる。
- 実部: $\cos 3\theta = c^3 – 3cs^2$
- 虚部: $\sin 3\theta = 3c^2s – s^3$
これで骨組みは完成だ。ただし、まだそれぞれの式に $c(\cos)$ と $s(\sin)$ が混在しているため、最後に三角関数の相互関係を使って変数を統一する。
ステップ3:相互関係による整理
【$\cos 3\theta$ の整理】
$\cos$ の公式には $\cos$ だけを残したいので、$\sin^2\theta = 1 – \cos^2\theta$ (つまり $s^2 = 1 – c^2$)を代入する。
$$\cos 3\theta = c^3 – 3c(1 – c^2)$$
$$= c^3 – 3c + 3c^3$$
$$= 4c^3 – 3c$$
元に戻すと、以下の通り馴染み深い公式が得られる。
$$\cos 3\theta = 4\cos^3\theta – 3\cos\theta$$
【$\sin 3\theta$ の整理】
同様に、$\sin$ の公式には $\sin$ だけを残したいので、$\cos^2\theta = 1 – \sin^2\theta$ ($c^2 = 1 – s^2$)を代入する。
$$\sin 3\theta = 3(1 – s^2)s – s^3$$
$$= 3s – 3s^3 – s^3$$
$$= 3s – 4s^3$$
元の表記に戻す。
$$\sin 3\theta = 3\sin\theta – 4\sin^3\theta$$
したがって以下の公式が得られる。
$$\cos 3\theta = 4\cos^3\theta – 3\cos\theta$$
$$\sin 3\theta = 3\sin\theta – 4\sin^3\theta$$
加法定理を2回使って別々にアプローチしていた従来の方法と比較してみてほしい。ド・モアブルの定理を経由することで、大元の構造は同一のまま、最後の整理の手続きを変えるだけで両方($\cos$と $\sin$)の公式が導出できる。
4.なぜ同時に求まるのか? —— 代数的な構造を理解する
この手法がこれほど鮮やかに決まる理由は、虚数単位 $i$ の累乗が持つ周期性と、実部・虚部の独立性にある。
二項定理で $(c + is)^n$ を展開するとき、各項に現れる $i$ の指数によって、その項が実部($\cos$)に行くか、虚部($\sin$)に行くかが自動的に振り分けられる。
| i の累乗 | 値 | 分類 | 対応する公式 |
| $i^0$ | $1$ | 実部 | $\cos n\theta$ の項へ分配 |
| $i^1$ | $i$ | 虚部 | $\sin n\theta$ の項へ分配 |
| $i^2$ | $-1$ | 実部 | $\cos n\theta$ の項へ分配 |
| $i^3$ | $-i$ | 虚部 | $\sin n\theta$ の項へ分配 |
このように、展開における偶数番目の項($i^0, i^2, i^4, \dots$)が $\cos n\theta$ に、奇数番目の項($i^1, i^3, i^5, \dots$)が $\sin n\theta$ に自動で仕分けられる仕組みになっている。人間が手作業で分離させる必要がないため、計算ミスが劇的に減るのだ。
5.発展応用:4倍角の公式も全く同じ
この手法の真の恐ろしさは、次数が上がっても一切ブレない点にある。受験問題などで稀に要求される「4倍角の公式」も、全く同じ3ステップで導くことができる。
$(c + is)^4$ を二項定理で展開してみよう。
$$(c + is)^4 = c^4 + 4ic^3s + 6i^2c^2s^2 + 4i^3cs^3 + i^4s^4$$
$i^2 = -1, \ i^3 = -i, \ i^4 = 1$ を適用して整理する。
$$= c^4 + 4ic^3s – 6c^2s^2 – 4ics^3 + s^4$$
$$= (c^4 – 6c^2s^2 + s^4) + i(4c^3s – 4cs³)$$
ド・モアブルの定理と比較して実部と虚部を抽出し、相互関係で整理すれば、以下の4倍角公式が即座に導かれる。
$$\cos 4\theta = 8\cos^4\theta – 8\cos^2\theta + 1$$
$$\sin 4\theta = 4\sin\theta \cos\theta (\cos^2\theta – \sin^2\theta) = \cos \theta (4\sin \theta -8\sin^3 \theta)$$
$$\cos 4\theta = 8\cos^4\theta – 8\cos^2\theta + 1$$
$$\sin 4\theta = \cos \theta (4\sin \theta -8\sin^3 \theta)$$
どんな高次元の倍角が出ても、やるべきことは常に「展開 $\to$ $i$ の偶奇で分類 $\to$ 三角関数の相互関係で整理」の3ステップのみだ。
6.まとめ:加法定理 vs ド・モアブル
最後に、2つのアプローチの違いを整理しておこう。
| 評価軸 | 加法定理による導出 | ド・モアブルによる導出 |
| 同時性 | $\cos$ と $\sin$ で別々の計算が必要 | 1回の展開で両方が同時に手に入る |
| 高次への対応 | 4倍角以上になると手順が爆発的に複雑化 | 何倍角であっても「$n$ 乗の展開」だけで対応可能 |
| 確実性 | 途中式の変形が多く、符号ミスが起きやすい | 代数的な仕分けルールが明快で迷いにくい |
複素数平面という分野は、単に新しい図形問題を解くためだけのツールではない。このように「一見複雑な三角関数の計算を、代数の力で圧倒的に楽にするための道具」でもあるのだ。
3倍角の公式の語呂合わせによる丸暗記に限界を感じていた人は、ぜひ今日から「ド・モアブルで展開すればいつでも作れる」という絶対的な安心感を武器にしてほしい。どんな倍角の変化球にも対応できる、本質的な数学の力が身につくはずだ。


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