「無限に続く足し算」と聞いて、あなたはその合計がどうなると思うだろうか。
「足す数字がどんどん小さくなって、ほぼ $0$ に近づいていくなら、いつかはどこかの値にたどり着く(収束する)んじゃない?」
数学Ⅲを勉強したキミなら、そう思うかもしれない。確かにその直感は、多くの場合は正しい。
しかし、数学の世界には、私たちの直感を心地よく裏切る「おかしな無限の落とし穴」が存在する。
今回は、数Ⅲの極限を習いたての高校生から数学ファンまでがゾクゾクする、
似ているようで全く違う運命をたどる「2つの無限級数」の世界へご案内しよう。
1.肩慣らし問題 どれだけ小さくなっても無限大へ突き進む「調和級数」
まずは、一番シンプルな「分母が自然数」の無限級数からスタートしよう。
$$\displaystyle \sum_{n=1}^{\infty} \frac{1}{n} = 1 + \frac{1}{2} + \frac{1}{3} + \frac{1}{4} + \frac{1}{5} + \cdots$$
これは数学の世界で「調和級数(ちょうわきゅうすう)」と呼ばれる超有名人だ。
足す数は $\displaystyle \frac{1}{100}$、$\displaystyle \frac{1}{10000}$ と進むにつれて限りなく $0$ に近づいていく。
「これだけ足す数がゴミのように小さくなるなら、合計はある値でストップするのでは?」と思いきや、こいつの正体は「正の無限大に発散する」、つまり宇宙の果てまで大きくなり続けるモンスターなのだ。
高校の教科書にも載っている、もっともオシャレで鮮やかな証明(不等式評価)で、その無限大に発散してしまう暴走っぷりを確認してみよう。
📐 調和級数が発散することの証明
調和級数を、次のように「2の累乗」の区切りでわざと不均等にグループ分け(ブロック分け)してみる。
$$1 + \frac{1}{2} + \left(\frac{1}{3} + \frac{1}{4}\right) + \left(\frac{1}{5} + \frac{1}{6} + \frac{1}{7} + \frac{1}{8}\right) + \left(\frac{1}{9} + \cdots + \frac{1}{16}\right) + \cdots$$
ここで、各カッコの中身を、「そのカッコ内でもっとも小さい数(=一番うしろの項)」にすべて置き換えて、無理やり小さな式を作ってみよう。
すると、次のような不等式が作れる。
$$> 1 + \frac{1}{2} + \left(\frac{1}{4} + \frac{1}{4}\right) + \left(\frac{1}{8} + \frac{1}{8} + \frac{1}{8} + \frac{1}{8}\right) + \left(\frac{1}{16} + \cdots + \frac{1}{16}\right) + \cdots$$
この無理やり小さくした式を計算してみると、驚くべきことが起きる。
- $\displaystyle \left(\frac{1}{4} + \frac{1}{4}\right) = \frac{2}{4} = \frac{1}{2}$
- $\displaystyle \left(\frac{1}{8} + \frac{1}{8} + \frac{1}{8} + \frac{1}{8}\right) = \frac{4}{8} = \frac{1}{2}$
- $\displaystyle \left(\frac{1}{16} + \cdots + \frac{1}{16}\right) = \frac{8}{16} = \frac{1}{2}$
なんと、どのカッコの塊もきれいに
$$\displaystyle \frac{1}{2}$$
になってしまうのだ!
つまり、この不等式が意味しているのはこういうことである。
$$\text{元の調和級数} > 1 + \frac{1}{2} + \frac{1}{2} + \frac{1}{2} + \frac{1}{2} + \cdots$$
右辺は、$\displaystyle \frac{1}{2}$ という決まった大きさを無限に足し算し続けるのだから、当然無限大($\infty$)に発散する。
それよりもさらに大きい元の調和級数は、言うまでもなく無限大に発散する。
足す数字の小さくなるスピードが、無限大へ向かうエネルギーに負けてしまったわけだ。
2.本題! 数字の「1」を追放したら?「ケンプナー級数」
調和級数が無限大に発散することが分かったところで、ここからが今回の本番(メイン)だ。
この調和級数から、少しだけ数字を間引いてみよう。
どんなルールで間引くかというと、「分母の数字に、1回でも『1』という文字が含まれていたら、その項を全カットする」という奇妙なルールだ。
- $1$ $\rightarrow$ カット
- $10$ 〜 $19$ $\rightarrow$ 全部カット
- $21$ $31$ ・・・$91$ $\rightarrow$ カット
- $100$ 〜 $199$ $\rightarrow$ 丸ごと全カット!
この「1のつく数字」を徹底的に追放して生き残った分母だけで作った級数を、数学界では「ケンプナー級数」と呼ぶ。
$$\frac{1}{2} + \frac{1}{3} + \cdots + \frac{1}{9} + \frac{1}{20} + \frac{1}{22} + \cdots$$
「いやいや、1を抜いたって、まだ $2$ も $3$ も $8$ も、数え切れないほどの自然数が残ってるでしょ。元が無限大に発散したんだから、これも当然発散するはず」
そう思うのが普通の直感だ。しかし、数学の真実はここでも私たちの脳をバグらせにくる。
なんとこのケンプナー級数、無限に足し算を続けても、「約 $22.92$」という絶妙な数字の手前でピタッとストップして、それ以上絶対に大きくならない(収束する)のだ!
なぜそんなことが起きるのか、数Ⅲの「無限等比級数」の知識を使って、美しく証明してみよう。
3.ケンプナー級数が収束することの証明
正の数だけを足し算していくので、項を足せば足すほど合計(部分和)が大きくなっていく「単調増加数列」であることは間違いない。 ということは、「どれだけ多く足していっても、ある一定の壁(上限)を絶対に超えない」ということさえ証明できれば、この級数がどこかで収束することが確定する。正確には以下のことを示せばよい。
そこで、分母の「桁数」ごとにグループに分けて、それぞれの和をかなり大雑把に(多めに)見積もってみよう。
① 1桁の数(1〜9)
- 「1」を除くので、分母に使える数字は $\{2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9\}$ の 8種類(8個)。
- この中で一番大きい分数は、分母が一番小さい $\displaystyle \frac{1}{2}$ である。
- すべての項を「一番大きい $\displaystyle \frac{1}{2}$」に格上げして多めに見積もると、このグループの和は次のように上から押さえられる。$$\text{1桁の和} < \underbrace{\frac{1}{2} + \frac{1}{2} + \cdots + \frac{1}{2}}_{8\text{個}} = 8 \times \frac{1}{2}$$
② 2桁の数(10〜99)
- 十の位に使えるのは、0と1を除く $\{2, 3, \dots, 9\}$ の 8種類。
- 一の位に使えるのは、1を除く $\{0, 2, 3, \dots, 9\}$ の 9種類。
- つまり、2桁で「1を含まない数」は、全部で $8 \times 9$ 個存在する。
- この中で一番大きい分数は、分母が一番小さい $\displaystyle \frac{1}{20}$ である。
- すべての項を $\displaystyle \frac{1}{20}$ に格上げして多めに見積もると、次のようになる。$$\text{2桁の和} < \underbrace{\frac{1}{20} + \frac{1}{20} + \cdots + \frac{1}{20}}_{8 \times 9\text{個}} = (8 \times 9) \times \frac{1}{20} = 4 \times \left(\frac{9}{10}\right)$$
③ $k$ 桁の数(一般化)
これを同じように、先の桁まで一般化してみよう。
- $k$ 桁の「1を含まない数」の個数は、最高位が8種類、残りの桁がすべて9種類選べるので、全部で$$8 \times 9^{k-1} \text{個}$$ある。
- この中で一番大きい分数は、分母が一番小さい$$\displaystyle \frac{1}{2 \times 10^{k-1}}$$である(例:3桁なら $\displaystyle \frac{1}{200}$)。
- 同様にすべてを一番大きな項に格上げして多めに見積もると、次の綺麗な式に変形できる。$$\text{\(k\)桁の和} < (8 \times 9^{k-1}) \times \frac{1}{2 \times 10^{k-1}} = \frac{8}{2} \times \left(\frac{9}{10}\right)^{k-1} = 4 \times \left(\frac{9}{10}\right)^{k-1}$$
3-1.限界の壁:美しき無限等比級数
さあ、すべての桁数の上限を並べて、ケンプナー級数全体の合計がどこまで大きくなれるか、限界値を計算してみよう。
どんなにたくさん項を足しても、上の大雑把な見積もりを無限まで足し合わせた合計よりは確実に小さくなるはずだ。
$$\text{全体の和} < 4 + 4 \times \left(\frac{9}{10}\right) + 4 \times \left(\frac{9}{10}\right)^2 + 4 \times \left(\frac{9}{10}\right)^3 + \cdots$$
右辺を見てほしい。これは、高校数学で習う「初項 $4$、公比 $\displaystyle \frac{9}{10}$ の無限等比級数」そのものだ!
公比 $r = \displaystyle \frac{9}{10}$ は $-1 < r < 1$ を満たしているので、等比数列の和の公式 $\displaystyle \frac{a}{1-r}$ に当てはめて一発で計算ができる。
$$\text{全体の和} < \frac{4}{1 – \frac{9}{10}} = \frac{4}{\frac{1}{10}} = 40$$
なんと、どれだけ無理やり分数を大きく見積もって無限に足し算し続けたとしても、全体の合計は絶対に「$40$」という壁を突破できないことが証明されてしまった。
増加し続ける数列が、上から「$40$」という天井で押さえつけられている。
この瞬間、実数の連続性(有界な単調増加数列の性質)により、ケンプナー級数が無限の彼方で必ずどこかの有限の値に収束することが確定するのだ。
(証明終了)
4.なぜ急ブレーキがかかったのか?「桁数のマジック」
「1を抜いただけで、なんでそんなにスカスカになっちゃうの?」
その秘密は、桁数が大きくなったときの「1の支配力」にある。
- 1桁のとき:「1」の1個だけが消える(9個中1個なので脱落率:約 $11\%$)
- 2桁のとき:$10$ 〜 $19$ でごっそり消える(90個中18個なので脱落率:約 $20\%$)
- 3桁のとき:$100$ 〜 $199$、さらに各十の位の10〜19なども消える(900個中252個なので脱落率:約 $28\%$)
これが $100$ 桁や $1000$ 桁という大きな数の世界になるとどうなるか。
どこかたった1箇所でも「1」が入っていたらアウトなのだ。宝くじを1000回引いて「1回も1等の1を引かない」のが不可能なのと同じように、桁数が大きくなればなるほど、「1を一度も含まない数字」のほうが圧倒的な絶滅危惧種(ほぼゼロ)になってしまう。
分母が大きくなるにつれて、足すべき数が文字通り「絶滅」していく。だから、調和級数という無限大のモンスターから「1」という文字を奪うだけで、級数は牙を抜かれ、たった $23$ の手前で力尽きてしまうのだ。
5.まとめ
- 調和級数 $\displaystyle \sum \frac{1}{n}$ は、項が $0$ に近づいても「発散」する!$\displaystyle \frac{1}{2}$ の塊を無限に作って下から押し出せる、無限大への突破力がある。
- ケンプナー級数は、1を奪われただけで「収束」する!桁数が大きくなると「1を含まない数」はほぼ絶滅し、足す数がスカスカになる。
- 高校数学の「無限等比級数」が最強の防具になる!ブロックごとに上から大雑把に等比級数で抑え込む技は、二次試験の不等式評価でも超強力な武器になる。
見た目はそっくりなのに、含まれる情報の密度によって運命が真っ二つに分かれる無限級数の世界。「数式をただ暗記する」のをやめて、こういう数の背景にあるドラマが見えてくると、数Ⅲの極限がもっと面白くなってくるぞ!


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